スピリチュアリズム勉強会&座談会
('01.06.11作成)

第一回('01年5月26日)
「スピリチュアリズム・ニューズレター」第13号について

その3


 

6)癒し=卑し

有希:他に何か感じた事があれば?

ペ:癒しの問題も採り上げられていますが、それで思い出したのが、昔パソコン通信の時代に“世紀末フォーラム”という----ARIONという宇宙存在が主催する----フォーラムがありまして、そこで「癒し=卑し」ということが言われていたんですよ。これは本当に至言だと思うので、是非皆さんに知ってほしいと思います。
“癒し”は、確かに“本当に傷ついた人”には一時的に必要な場合もあるでしょうけど、精神世界系の“癒し”を求める人は、なぜか傷つきやすい人達ばかりのような気がします。ちょっとした事でもすぐ傷ついてまた癒しを求める。そんなことばかりしているからますます魂は脆弱に、傷つきやすくなっていく。結局求めっぱなしでそこから一歩も先へ進まない、という問題があります。

有希:求める心がエスカレートしていくことありますよね。これだけ癒してくれたから次はもっと愛されたい。

ペ:愛情乞食ですね。

長田:癒しを求めるってどういうことですか?

有希:自分が心無い言葉や態度で傷ついたりすると慰めて欲しい、自分で乗り越えるのではなくて誰かに慰めて欲しくてそれで自分を立ち直らせようとする事。求める事は悪い事ではないけど、どんどんエスカレートすると責任転嫁になって、誰も慰めてくれない、誰も自分をわかってくれないと思うようになるし、ちょっとやそっとの言葉では満足できなくて、もっともっとになってしまいます。真理で自力で立ち直るのではなく、他力本願になってしまう人って結構いますよね。

ペ:ニューエイジ系の優しげな言葉で癒されるような、「そのままで、今のままで良いですよ、弱くても良いですよ」と言われるとホッとするけど、シルバーバーチは厳しい事書いてあるからそういう人達からすると癒されない。

有希:癒しにも単にリラクゼーションのものから色々あると思うけど、真理を知っている人と知らない人とではそのあり方は違わなくてはいけないと思います。厳しい言葉を聞いて自分でさっと立ち直れる人と、逆に私は傷ついたと泣き言をいう人がいるから言葉をかけるのもホントに難しいと思います。そこで私はあまり相手の状況を考えすぎないほうが良いと思うわけです。必要以上に考えすぎると変に消耗しすぎちゃいますもん。相手を傷つけない事が良いことだとは思っていません。同じ言葉でも傷つく人と傷つかない人がいるわけだから、善意から出た言葉で相手が傷つくのは、それは相手の問題だから仕方がないと思うようにしています。

ペ:世紀末フォーラムでは「自分にも他人にも厳しく」と言われていて、なるほどと感心したことがあります。本当にそういう事はあります。その場しのぎのやさしい言葉は、結局本当に相手の為になっていないという。

有希:本当は両方使い分けるのが一番良いですよね。時には優しく時には厳しく。厳しいだけでもダメですもんね。本当は厳しい事を言ってあげるのがいいとは思いつつ、相手が受け入れられない事が解っているとなかなか言えません。言える人にはとことん言いますが、そういう人は少ないです。

ペ:ありますよね、そういうこと。掲示板でも、何だかなぁとか思いながら、当たりさわりのない事を書いてしまう事もありますから。

有希:えーっ、ホントに?

ペ:ホントですよー。僕だって一応考えてるんですから。
でもそのうち我慢できなくなって本当の事言っちゃいますけど。

有希:ああ、やっぱり(笑)。

 

7)浅野和三郎について

ペ:じゃあ、そろそろ後半の浅野和三郎の事をやりましょう。何か感想は?

長田:知識がなかったのであーそうなんだと何も疑問を持たずにストレートに入って来て、とてもすっきり解った。

有希:私は近藤さんがスピリチュアリズムと古神道を結びつけるのが解らなくて、ずっと疑問だったのでこれを読んでよく解りました。知識的に整理されたのでとてもよかったです。近藤さんの訳したものの中には“精神統一”という言葉がよく出てくるので、それに違和感を感じていました。でもこれを読んで近藤さんは浅野和三郎の流れを汲んでいるから当然そういう和訳をするんだと理解できました。

ペ:僕もホームページで浅野和三郎の本を紹介してますけど、そうすると「これはちょっと……」というところが結構あるんですね。だから、いつかは書かなくてはと思っていた事をニューズレターが書いてくれた。しかも自分で書くより内容も良い(笑)。こりゃあ助かった……というか、やられたーというか。
ただ浅野和三郎に対してちょっと厳しすぎるかなーという気もします。現代の我々から見ると物足りない部分や、おかしな部分があるにしても、あの時代だからしょうがないというか、そういうレベルに達する土台が無かったわけですから。むしろ、良くここまでやれたものだと……。

有希:あの時代にしたらやっぱりすごいですよね。そういう意味からすると今は非常に進化したというか、スピリチュアリズムが一般化してきた感じがします。

ペ:そういうところで非常に浅野和三郎を尊敬しているので、もう少しそこらへんの敬意を感じさせるような書き方をして欲しかった、というのが僕個人の心情的なことです。
もっとも、これは一部の変に絶対視する風潮に対するアンチテーゼも含めてこういう内容になっていると思うので、仕方がないとは思うし、霊界の浅野本人が読んだら「よくぞ書いてくれた!」と喝采をあげるかも。いや、実際(浅野本人も)霊界で読んでホッとしてるんじゃないですか。「ようやく自分の誤りの呪縛から離れる人が出て来たか」と。

有希:私もこの人の業績は高いと思う。浅野和三郎さんはいつぐらいの人ですか?

ペ:昭和12年に亡くなっています。心霊学研究所で連載している欧米行脚が昭和3年で、モーゼスやマイヤースの通信の翻訳はその後です。

有希:明治生まれの人なんですね。今の人達ほどは理解していないけど、当時からすれば圧倒的に理解してしたわけですよね。

ペ:浅野和三郎の晩年というか、だんだん国が戦争に向けて動き出している中で、スピリチュアリズムをあからさまに打ち出して天皇制と相反するものをそのまま出しちゃうと、官憲に目をつけられるというか、運動がつぶされてしまうのではということを考えていた可能性もあると思うんです。
実際大本教の時代に大弾圧を受けて、大本教は壊滅され、浅野自身も不敬罪で投獄されています。ダイナマイトで爆破されちゃうんですから、そりゃあ大変なもんですよ。
ですから、また同じ轍を踏まないために、方便として天皇賛美みたいなものを出していたのではないか。この時代の文学者には、他にも同じような話のある人は結構いるようですし。

有希:浅野和三郎の本をしっかりと読んだ人でないとその流れはわからないですね。

ペ:ただ、23ページの「スピリチュアリズムの目的を語るほどの高級霊の出現がなかった」というのは確かにその通りです。小桜姫にしても普通の人に比べれば高級だけど欧米の一流の霊界通信と比べると、霊界旅行記ものの域を出ていないという感じはあります。

有希:「小桜姫」は読み物としてはおもしろいし本当だろうと感じるけど、残念ながら今の私たちにはそこから学べるものはほとんどないと思いました。

ペ:23ページの最後の「和製スピリチュアリズム(神霊主義)といった時代遅れの思想は一掃しなければなりません」本当にそう思う。日本心霊科学協会とか「心霊主義」とか言ってる人が多いですが、何か見ているとほとんどわかっていない人ですね。

有希:確かに真理ではなく霊界通信が中心になっているような気がします。アンビリーバボーの世界と余り変わらないような。もう少し理性を働かせて真理を中心にしませんかって言いたくなります。

 

8)今日の感想は?

ペ:あ、そろそろ時間ですね。最後に、今日の感想なんか聞いてみたいんですが。

有希:初回ということもあって何をどう展開して行くかあまり考えなかったので、行き当たりばったりだったけどそれなりに話ができたので良かったです。3人が丁度良い人数で楽しかったです。

ペ:話があちこち行ったのでもう少しテキストに沿った話でもよかったかなと思う。でも、なるほどと思うような話も出て、意外に面白かった。

長田:ペーパーバーチさんの話も聞けてなるほどと思いました。自分の口で話をする事に意味があると思いました。

この後、お祈りをして終わりました。
次回は「シルバーバーチは語る」の第1章〜第3章を話し合う予定です。


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