心霊学研究所
『小桜姫物語』浅野和三郎著
('02.02.06公開)

六.幽界の指導者


 

 いよいよこれからこちらの世界のお話になりますが、最初はまだ半分足を現世に突っ込んでいるようなもんで、しゃばくさい、お聞き苦しいことばかり申し上げることになりそうです。えー、その方が人間味があってかえって面白いなんておっしゃいますの?ご冗談ばっかり…。話すほうにとってみれば、こんなにつらく恥ずかしいことはありませんのに。

 後で神様に伺った話によりますと、やはり私の場合自力で目を覚ましたのではなく、神様のお力で目を覚まさせていただいたそうです。その神様というのは、大国主神様《おおくにぬしのかみさま》のお指図を受けて、新しい帰幽者の世話をしてくださる方なんです。これについては後で詳しく話ますが、とにかく新たに幽界に入ったもので、こういった神のお使い、西洋で言うところの天使《エンゼル》のお世話にならないものは一人もいないんだそうです。

 幽界で目を覚ました瞬間の気分ですか?それはうっとりと夢でもみているようで、それでいて心の奥のほうでは『自分のいる世界は、今までいた世界とはもう違っているんだわ。』といったかすかな自覚が芽生えていました。あたりは夕暮れの色に包まれた、いかにも森閑《しんかん》とした様子で、ちょうど山寺にでも寝ているような感じでした。

 そのうちに私の意識は少しづつ回復してきました。

 『あーあ、とうとう死んじゃったか…。』

 死の自覚が頭の中ではっきりしてくると同時に、私の心は激しい興奮の嵐の中に巻き込まれていきました。まず何より辛く感じたのは、後に残した年老いた両親のことでした。さんざん苦労ばかりかけて、恩に報いることもなく、若い身空で先立ってこちらへ引っ越してしまった親不孝の罪、このことばかりは全く身を切られるような思いがするのでした。『ごめんなさい、ごめんなさい、どうかお許しください!』何回私はそう叫んで血の涙にむせんだことでしょう。

 そうこうしているうちに、私の心にはさらに他の様々な暗い考えが押し寄せてきて、かき乱されました。『親にさえ背いてせっかく三浦の土地に踏みとどまりながら、私はついに何もせずに果ててしまったわ。なんという不甲斐なさ、なんという不運な身の上なんでしょう。ああ、くやしい、悲しい、情けない…。』色んな感情が浮かんで来て私の頭の中はただもうゴチャゴチャと混乱するだけでした。

 そうかと思えば次の瞬間には、これから先に待ち受ける未知の世界に対する心細さで、私の心はふるえおののきました。『誰も迎えにきてくれないのかしら。』まるで真っ暗闇の底なしの井戸の中に突き落とされたように感じるほどでした。

 ほとんど気でも狂うかと思われたそのとき、枕もとにひょっこりと一人の老人が現れました。平袖の白い着物を着て、帯を前で結び、なんだかどこかの絵で見た仙人のような姿でした。そして何とも言えぬ威厳と温情の兼ね備わった神々しい表情で、じっと私を見つめておられました。『一体どなたかしら。』心は千々に乱れながらも、私の心にはむくむくと好奇心がわきあがってきました。

 このお方こそ、先ほど触れた大国主神様《おおくにぬしのかみさま》からの神使《おつか》いなのでした。私は後にこのお方の根気強いお導きで、なんとか心の闇から救い上げられ、そのうえ天眼通《てんがんつう》(千里眼などの超能力)その他の能力を仕込まれて、何とかこちらの世界で一人立ちできるようになったというわけなんです。これは先ほど言ったとおり、決して私だけに限ったことではなく、誰でも皆神様のお世話の元にこちらの世界での成長を遂げるんですよ。ただ因縁でしょうか、それぞれのとおる道程には少しずつ違いがあります。私なんかはずいぶん厳しく険しい道を通らねばならなかった一人のようで、苦労も人一倍多かったかわりに、幾分他の方より早く明るい境涯に抜け出ることにもなったようです。ここで念のために付け加えておきますが、私を指導してくださった神様は、お姿は普通のお年寄りのなりをされていますが、実は人間ではありません。つまり生まれたときからずっとこちらの世界にいる生き通しの神、あなた方が言うところの自然霊なんです。新しい帰幽者を指導するのには、そのような自然霊の方が、何の感情も挟まない分、人霊(現世に生きたことのある霊)よりもよっぽど具合がよろしいんですのよ。

 


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