心霊学研究所
『小桜姫物語』浅野和三郎著
('02.07.03公開)

二十五.龍宮雑話


 

 ひと通り私の身の上話がすんだあと、今度は私の方から玉依姫様に色々とお尋ねしてみました。何しろ龍宮界へは初めて来たばかりの、つまり右も左もわからないおのぼりさんでしたから、とってもつまらないことも申し上げちゃいました。玉依姫様はさぞ心の中で苦笑なさっていたことでしょうね。何を聞いたかさえ今では記憶が曖昧《あいまい》になってしまっていますが、一つ二つ思い出してみることにいたしましょう。

 最初に私が尋ねたのは、浦島太郎のおとぎ話のことでした。

『人間界には、浦島太郎という人が龍宮へ行って、乙姫様のお婿さんになったという有名なおとぎ話がありますが、そんなことが実際にあったんでしょうか。』

 すると乙姫様はウフフとお笑いになりながら、こう教えてくださいました。

『あの昔話がそのままあった事ではないということぐらいおわかりいただけると思うんですが、そうかといって全く根も葉もないことでもないんですよ。つまり天津日継《あまつひつぎ》の皇子《みこ》彦火々出見命《ひこほほでみのみこと》様(※訳注1)が姉君のお婿さんになられた史実を現世の人たちが漏れ聞いて、あんな不思議な浦島太郎の物語に仕立て上げたんでしょうね(※訳注2)。ラストシーンの玉手箱のエピソードも事実ではありません。この龍宮中を探しても、紫の煙の立ち上る玉手箱なんかないんです。あなたもご存知のように、神の世界はいつまでたってもつゆ変わりのない永遠の世界です。だから彦火々出見命様と豊玉姫様は、今も昔と同じく立派なご夫婦でいらっしゃいます。ただ命様には天津日継という大切なご用がおありなのでめったにご夫婦そろってこの龍宮界でくつろがれる事なんてありません。現に今だって命様は何かのご用で不在でして、姉君は一人寂しく留守を預かっているんです。そんなところがあのお伽話の夫婦の辛い別れという趣向に反映されているのかもしれませんね。』

 そういって玉依姫様はほんの少し顔を赤らめられました。

 私はこんなことも聞きました。

『こうして拝見いたしますと、龍宮はいかにも素敵でのんきで楽しいところのように見えますが、やっぱり神様にも色々つらいご苦労がおありなんでしょうね。』

『よいところへ気がつきましたね。』と玉依姫様は大変嬉しそうなご様子でおっしゃいました。

『くつろいで来客の応対をする時なんかは、こんな綺麗なところに住んでこんな綺麗な姿をお見せするけれど、私たちだっていつもこうじゃないんですよ。人間の修行もなかなか辛いとは思いますが、龍神の修行だって負けてはいません。現世には現世の執着があり、霊界には霊界の苦労があるんです。私だってまさに修行の真っ最中、一時だって遊んでなんかいられません。あなたは今こうしている私の姿を見て、ただ一人の華奢《きゃしゃ》な女性と思うかもしれませんが、実はこれだってお客様を迎える時の特別の姿なんです。いつか機会があったら、私の本当の姿をお見せする時もあるんじゃないかしら。何はともあれ私たちの世界にだってなかなか人間にわからない苦労があるということをよく憶えておいてくださいね。それがだんだんわかってくれば、現世の人間もあんまりわがままを言わなくなるはずですから。』

 こんなまじめなお話をなさる時には、玉依姫様の美しい顔がキリリと引き締まって、まともに拝むことができないほど神々しく輝いて見えました。

 私がその日玉依姫様からうかがった事はまだまだたくさんありますが、残りはまた別の機会にお話することにします。ただここで一つだけ付け加えておきたいことがあります。それは玉依姫の分霊を受けた多くの女性の中に、弟橘姫《おとたちばなひめ》様がいらっしゃるということです。『彼女は私の分霊を受けて生まれたものですが、多くの中で彼女が一番有名になっています。』そうおっしゃる時の姫は大変お得意のように見えました。

 一通りお聞きしたいことをお聞きしてからお暇乞《いとまご》いをしますと、『また是非近いうちにお会いしましょう。』というありがたい言葉を頂きました。私は心から朗らかな気分になって、例の少女に玄関まで案内してもらい、あとは一気に途中をすっ飛ばして、無事に山の修行場に戻りました。

※訳注1:天津日継の皇子彦火々出見命----古事記、日本書紀における山幸彦。神武天皇の祖父にあたる。/「神道の本」学研より。なお天津日継は皇位の継承。また、皇位。あまのひつぎ。「天つ神の御子の―/古事記(上訓)」/大辞林より。

※訳注2:記紀においても、豊玉姫は海の宮殿に住んでいる海神・綿津見の神《わだつみのかみ》の娘であると記載されている。

 


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