心霊学研究所
『小桜姫物語』浅野和三郎著
('02.07.10公開)

二十六.良人《おっと》との再会


 

 前回までのお話、龍宮の物語は自分でも気持ちよくお話できましたが、今度ばかりはどうも億劫《おっくう》で気後れがして、できることならお話するのを止してしまいたいほどなんです。それは何かといいますと、帰幽後初めて夫と会った時の話なんですの。女の身にとってこんなに難しいことはありませんわ。でも話の順序として省いてしまうわけにもいかなくて、本当に困ってしまいます。えー、なるべく詳しく話せなんておっしゃいますの?はずかしいわ…。なおさら話せなくなるじゃありませんか、もう。修行未熟な夫婦の幽界における再会なんて、とても人に話せたもんじゃないんですから。お聞き苦しい点はいっそのこと発表なさらないで下さいね。お願いいたします。

 いつかもお話したとおり、私がこちらの世界に来たのは、夫が帰幽してから一年ほどたった頃でした。後で聞いたんですが、私が死んだことはすぐに夫にも知らせがあったそうです。当時夫は厳しい修行の真っ最中だったので、自分の妻が死んだからといってすぐに会いに行くというような女々しい気分にはとてもなれなかったそうです。私は私で心の中は現世に残してきた両親の事ばかりが占めており、それに心を奪われて自分よりも先に死んでしまった夫の事なんかはあまり思い浮かびませんでした。『時期がきたらいずれ夫には会えるだろう。』なんて、結構あっさり考えていたんです。

 そんなわけで帰幽後ずい分長い間、私たち夫婦は別れ別れになったままでした。もちろんこのような流れが全ての男女に共通の事かどうかはわかりません。これはただ私たちがそうであっただけなのかもしれません。

 そうこうするうちに私は、岩屋の修行場から山の修行場に進み、そして龍宮界の訪問もすみました。その頃になると、私のような執着の強い女性でも、いくぶん気持ちに落ち着きが出てきたのが自覚されるようになりました。するとどういうわけか、こちらからは別にお願いしたわけでもないのに、ある日突然神様から夫に会わせてやるとのお達しがありました。『そろそろ会ってもよいだろう。あんたのご亭主はあんたよりもちっとばかし落ち着いてきたようだよ。』指導役のおじいさんが、妙にまじめくさってそんな事を言われるので、私はきまりが悪いったらありゃしない、思わず顔を赤らめて一たんお断りいたしました。

『そんなことはいつでもいいんです。修行が後戻りしちゃ大変ですから。』

『いやいや一度は会わせるという事で向こうの指導霊とも手筈《てはず》まで整えているんだよ。それに亭主に会ったぐらいのことで後戻りするような修行なら、まだとても本物とは言えないからね。実を言うとこれだって立派な修行の一つなのさ。神としては無理にはすすめないから、もう一度よく考えてごらん。亭主に会ってみる気はないかね。』

『それではよろしくお願いいたしますわ。』

とうとう勢いで私はおじいさんにそう答えちゃいました。

 


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