心霊学研究所
『小桜姫物語』浅野和三郎著
('03.01.02公開)

四十七.龍神の受持ち


 

 どんなに尋ねても、龍神の生活はなんだか薄い幕を一枚へだてたような感じがしてピンときません。かなり長い間こちらの世界に住んでいる私たちでさえそう感じるんですから、現世の方々にとってはなおのこと容易に龍神なんて信じられないのは理解できます。といってもここで龍神の話を握りつぶせば、私にとってうその通信を送る事になり、それも気が咎《とが》めます。ですからしばらくは、皆様が信じる信じないはおいといて、もう少し監督の龍神さんから聞かされたお話を物語らせてくださいね。

 

問『龍神さんのお仕事というのは、どのようなものですか?』

答『龍神の受持ちはなかなか広範囲に渡っていて、そして複雑なので、とてもそのすべてを語り尽くす事はできない。大まかに言えば、人間の世界で天然現象といわれているものは、ことごとく龍神の受持ちと思えばよいだろう。すべての龍神には龍神としての神聖な努めがあり、それが直接人間のためになろうがなるまいが、どうあっても遂行しなければならないことになっているんだ。風雨、寒暑、五穀の豊凶、ありとあらゆる天変地異、それらの根底にはことごとく龍神界の息がかかっているんだよ。』

問『産土神《うぶすながみ》(※訳注1)その他のご祭神は皆龍神様ですか?』

答『奥のほうはいずれも龍神で固めてある。』

問『外国にも産土はあるんでしょうか?』

答『もちろん外国にもある。ただ外国には産土の社《やしろ》がないだけだ。産土の神があって、生死、疾病、諸種の災難などの守護に当たってくれているからこそ、地上の人間ははじめてその日その日の生活が営めるんだ。』

問『各神社には龍神様のほかにもいろいろ眷属《けんぞく》(※訳注2)があるんでしょうか?』

答『もちろんたくさんの眷属があるよ。人霊、天狗、動物霊……必要に応じていろいろ取り揃えてある。』

問『産土の神様は皆男の神様ですか?』

答『産土の主宰神は、ほとんど男性に限るようだな。』

問『仏教の信者などは死後どうなるのでしょうか?』

答『たとえどのような宗教を信じていても、産土の神様の支配を受けることに変わりない。ただ仏の救いを信じきっているものは、その迷いの覚めるまで仏教の指導者などに監督を任せることもあるけどね。おやおや、あなたの質問はずいぶん私の専門外になりつつあるね。産土のことは私よりあなたの指導役のほうが詳しいだろう。私には龍神の修行場のことだけを聞いてもらいたいんだが。』

問『ついついいろいろなことをお聞きして申し訳ありませんでした。実は普段から指導役のおじいさまからもいろいろ承っているのですが、なんだか腑におちないところもいろいろとありますので、この際と思って一杯聞いちゃいました。』

答『それも悪くはないがね。でも一升のますには一升の分量しか酒は入らないのと同じで、あなたの霊としての器が大きくならない限り、どうあがいてもすべて腑に落ちるというわけにはいかんのだよ。今日はこれぐらいにしておいてはいかがかな。』

問『あのあの、もう一つだけ教えてください。弁財天(※訳注3)というのは皆女性の龍神様なんですか?』

答『その通り。神様に祀《まつ》られている以上、皆修行を立派に積んだ女神ばかりで、土地の守護もなされば、また人間の願い事もそれが正しい事であれば、喜んでかなえてくれるよ。』

問『水天宮(※訳注4)というのはどうでしょう。』

答『あれは海上を守護する龍神だよ。』

問『最後にもう一つだけ、あなた様はどんなご身分のお方ですか?』

答『私かね。私は妻もなく、子もない永久に独身の老いた龍神だよ。龍神の中にはこういった変わり者もいるのさ。現にあなたの指導役の老人なども、やはり私の仲間だもんね。さてと、修行場の見回りに出かけるとするか。じゃ今日はこの辺で。』

 言い終わらないうちに、この白衣の老人の姿はスーッと湖水の底に幻のように消えていきました。

※訳注1:産土神----生まれた土地を守護する神。近世以降、氏神・鎮守の神と同一視されるようになった。うぶすな。うぶがみ。うぶすなのかみ。大辞林第二版より

※訳注2:眷属----(1)血のつながりのあるもの。一族。親族。(2)従者。家来。(3)仏や菩薩に従うもので、薬師仏の十二神将、不動明王の八大童子の類。大辞林第二版より)

※訳注3:弁財天----〔仏〕〔梵 Sarasvat〕元来、インドの河神で、音楽・智恵・財物の神として吉祥天とともに広く信仰された女神。仏教にも取り入れられたが、吉祥天と同一視されるようになった。八本の手で各種の武具を持つ像もあるが、鎌倉時代には二手で琵琶を持つ女神像が一般化した。日本では七福神の一人として民衆の信仰を集めてきた。弁天。べざいてん。大辞林第二版より

※訳注4:水天宮----(1)福岡県久留米市にある神社。天御中主之神《あめのみなかぬしのかみ》・安徳天皇・建礼門院・二位尼平時子を祀《まつ》る。航海の安全をつかさどる水神として信仰を集める。全国水天宮の総本山。(2)東京都中央区日本橋にある神社。1818年久留米藩主が久留米から芝三田に分社。72年(明治5)に現在地に移転。水神・安産の神、また水商売の神として信仰を集める。

 


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