心霊学研究所
『小桜姫物語』浅野和三郎著
('03.01.05公開)

四十八.妖精の世界


 

 天狗界、龍神界と、人間にはまるで見当もつかない別世界の話をしたついでに、もっともっと見当のつかないある世界の話をしましょう。それは妖精の世界の話なんです。

『研究のためにあんたに見せてやらなければならん世界がまだ残っている。』とある日指導役のおじいさんが言いました。『人間は草や木をただ草や木としか考えないから、やたらに花をむしったり、枝を折ったり、ひどく心無いまねをするんだが、実を言うと草や木にも皆精、つまり魂があるんだ。精があるからこそあんなにも生を楽しみ、あんなにも美しい姿を造って、限りなく子孫を伝えていくのさ。今日はあんたをそんな妖精たちに引き合わせてやるから、なるべく無邪気な気持ちで彼らに会ってやりなさい。妖精というものは姿も可愛らしく、心も幼くて、少しでもこちらが敵意を見せると、たちまち怖がってどこかに姿を消してしまう。人間界で妖精の姿を見るものが、たいてい無邪気な小児に限るのもそんなわけでね。今日の見物は、天狗界や龍宮界の時の大がかりな探検とは、ずいぶん勝手が違うからそのつもりで。』

 こんな事を話してくれながら、おじいさんは私を促して山の修行場を出発したかと思うと、そのまま途中を一気にすっ飛ばして、たちまち景色の開けた広い広い野原に出ました。見渡せばそこら中がきれいな草地で、綺麗な様々な樹木……松、梅、竹、その他があちこちほどよく植わっていました。

『ここは妖精見物にはお誂《あつら》えの場所だよ。大抵の種類がそろっているだろう。よく気をつけてみてごらん。』

 そんな注意が終わらないうちに、早くも私の眼には蝶々のような羽をつけた、大きさやっと二〜四寸(6〜12cm)ぐらいの可愛らしい小人の群がちらちらと映ってきたのでした。

『まあ、なんて不思議な世界もあったものかしら。』と、私は我を忘れて夢中になって叫んじゃいました。『おじいさまってば。あそこに見える十五、六歳ぐらいの少女はなんて品が良いんでしょう。衣装も白、羽根も白、そして額に白い鉢巻をしていますわ。あれは何の精なんですの。』

『あれは梅の精だよ。若木の梅だから、その精もやっぱり少女の姿をしているんだ。』

『木の精でもやっぱり年を取るんですか。』

『年を取るのは人間も妖精も一緒だ。だから老木の精は形は小さいけれど、ちゃんと老人の姿をしているよ。』

『男女の区別はどうですか。』

『もちろん男女の区別があって、夫婦生活だって営んでいるんだよ。』

 そんな話をしているうちに、例の梅の精はしばらく私たちのほうを珍しそうに眺めていましたが、こちらに悪意がないと知って安心したのか、そのうちスーッととんぼのように空を横切って、私の足元に飛んできました。そしてその無邪気で朗らかな顔に笑みを浮かべて、下から私を見上げました。

 ふと気がつくと、小人の体からなんともいえぬ高尚な香りが漂ってきて、私はウットリしてしまいました。

『ねえねえ、梅の精さん。あなたは何ていい匂いがするのかしら。』

 そういいながら、私はなるべく彼女を驚かさないようにそっと腰を下ろして、この可愛い少女と向かい合いました。

 


前ページ目次次ページ

心霊学研究所トップページ