心霊学研究所
『小桜姫物語』浅野和三郎著
('03.01.14)

四十九.梅の精


 

 梅の精は意外と臆する様子もなく、私の顔をしげしげと見つめて立っていました。

『梅の精さん、あなたお年はおいくつ?』

 生前からのくせで私はついそんなことを聞いちゃいました。

『年?さて私には何のことだかわかりません。』

 梅の精は、銀の鈴をころがしたようなコロコロと澄んだきれいな声でそう答えて、キョトンとしていました。

 私は我ながらまずいことを聞いちゃったとすぐ後悔しましたが、でもおかげで妖精と何不自由なく話ができることが分かって嬉しくてたまりませんでした。私は続けていろいろ話しかけてみました。

 

『ほんと、あなた方に年などありませんものね。ごめんなさい。ところであなた方にもやっぱり両親や兄弟がいらっしゃるんでしょう。』

『私のお母さまは、やさしいやさしいお母さまです。兄弟はあんまりたくさんでよく分かりません。』

『あなたはよく怖がらずに私のところに来てくれましたわね。』

『でもおねえさまは可愛がってくれますから。』

『可愛がってくれる人とそうでない人とがわかりますか?』

『それははっきりわかります。私たちは気の荒いむごい人間なんか大ッ嫌いです。そんな人間の前には私たちは決して姿を見せません。だって、理由もないのにせっかく私たちが咲かせた花を、枝ごと折ったり何かするんですもの。』

 そう言って梅の精はそのきれいな眉を八の字に寄せましたが、私にはそれがかえって可愛らしくてたまりませんでした。

『でも人間は、この枝振りが気に入らないなんて言って、時々はさみでチョンチョン枝を摘むことがあるでしょう。そんな時もあなた方はやはり腹がたちますか。』

『そんなときは別に腹なんかたちません。枝振りを直すために切るのと、イタズラで切るのとは、気持ちが全然違います。私たちにはその気持ちがよくわかるんです。』

『では花瓶に活けるために枝を切られても、そう気分が悪くなるわけではないんですね。』

『それはそうです。私たちを可愛がってくださる人間には、枝の一本や二本喜んで差し上げます。』

『実を取られるのも同じですか。』

『私たちが丹精こめて作ったものが少しでも人間のお役に立つと思えば、かえってうれしいぐらいです。』

『木によっては根元から切り倒される場合もあるでしょう。その時あなた方はどうなさるの。』

『そりゃいい気持ちはしません。でも切られるものを私たちの力でどうすることもできないんです。木が倒れる瞬間にそこを立ち退いてしまいます。』

『あなた方の中にも、人間が好きなものと嫌いなもの、また陽気なものと寂しがり屋さんなんていろいろいるんでしょう。』

『それはさまざまいます。中にはずいぶん気難しいひねくれた性質《たち》のものがあり、どうかすると人間を眼の仇《かたき》にすることもあります。』

 なにしろ人間と妖精では系統の距離が大分離れていますので、話がしっくりと腑に落ちないところもありますよね。でもそのうち、いくぶん向こうの気持ちが読めるようになってきました。その後私は適当な頃合を見計らって、梅の精との話を切り上げ、他の妖精たちの観察に移りました。彼らは人間から見たらいずれも大きさの違いはあるけれど、不思議な小人というだけで一人一人の細かい来歴は分かりませんでした。例として私はそれらの中で、少し毛色の変わったものの特徴をお話しておくことにいたしましょう。

 梅の精の次に目を止めたのは、松の精で、男松は男の姿、女松は女の姿、どちらも中年の姿をしていました。梅の精よりもはるかに威厳があり、どっしりと落ち着いていました。でもその大きさはやっぱり五寸(約15cm)ぐらいで、蒼みがかった茶色いチャイナ服を着て、そしてきれいな羽根を生やしているのでした。

 松や梅の精に比べると竹の精はずっと痩せぎすで、なんだかちょっぴり貧相に見えましたが、でも性質はこれが一番おとなしいようでした。それでもってもし松竹梅と三つ並べてみたら、強いのと弱いのと両極端が松と竹で、その中間が梅ということになるのかしら。

 それからスミレ、タンポポ、桔梗、女郎花《おみなえし》、菊などの一年生の草花はみんな子供の姿をしていて、体は小柄、眼の覚めるような色使いの衣装を身に着けていました。それらが群をなして大空狭しと飛ぶ様子は圧巻で、決して地上では見られない光景ですわ。その中でどれが一番きれいかとのご質問ですが、そうですね、やっぱり菊が一番品がよくて、彼らの中では巾をきかせているようですよ。

 


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