心霊学研究所
『小桜姫物語』浅野和三郎著
('03.05.09)

六十一.海の修行場


 

 前にもお話しましたけど、私が滝の修行場にいた期間はわりあい短く、またこれといって珍しい話もありません。私は大体あそこでただ統一の修行ばかりやっていたんですから。

 滝の修行時代がどれぐらい続いたかですって。さあ、私には見当もつきませんが、指導役のおじいさんの話では、現世の三十年ぐらいにはあたるんじゃないかってことでした。三十年なんていうと現世的にはとっても長い気がしますけど、こちらでは時間を測る方法がありませんので、全然ピンときませんわ。

 それはそうと私の滝の修行場生活も、やがて終わりを告げる時がやってきました。ある日神前で深い統一に入っていますと、滝の龍神さんが例の白衣姿でヒョッコリとお現われになり、次のようにおっしゃいました。

『あなたの統一もその辺まで進めばまず大丈夫、大概の仕事が差し支えなくこなせるだろう。あなたがこれ以上ここにいる必要もなくなったようだな。ではこれでお別れだ。』

 言い終わるか終わらないうちに、龍神さんはプイと姿をお消しになり、入れ代わるかのように私の指導役のおじいさんが、いつの間にか例の長い杖をついて入り口に立っておられました。

 私はびっくりして尋ねました。

『おじいさま、これからどこかへお引越しですか。』

『そうだよ。今度の修行場はきっとあんたも気に入ると思うよ。それじゃさっそく出かけようか。』

 相変わらずのあっさりした旅立ちでした。でも私の方もその頃はいくらかこちらの世界に慣れてきていましたので、特別驚きも怪しくもありませんでした。ただ母の形見の守り刀を持って、心静かに座を立ちました。

 しかしその後の目まぐるしい展開には、さすがの私もあきれてしまいました。おいとまごいをするために滝の龍神さんの祠にむかって瞑目《めいもく》した次の瞬間、眼前にはすでに滝の修行場は消えうせ、そこにははるか彼方まで大海原が広がっていました。そして私とおじいさんは素晴らしく眺めのいい大きな岩のてっぺんに並んで立っているのでした。

『ここが今度のあんたの修行場だよ。どうだい、気に入っただろう。』

 呆然とした私が返事をするひまもなく、おじいさんはまたまた煙のように消えちゃいました。

 驚くべき早業の連続に、私は開いた口がふさがりませんでしたが、ようやく気を落ち着けてあたりの景色を見回したとき、三たび驚かされることになりました。だって岩の上から見渡した一帯の景色が、どう見ても以前から見慣れている三浦の西海岸にそっくりだったんですもの。

 


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