スピリチュアリズム勉強会&座談会
('01.11.18作成)

第6回('01年10月21日)
「シルバーバーチは語る」4章-明日の世界

その2


 

有希:ちょっとP69の1行目を見てもらえますか。

それは無理ですとおっしゃるかも知れませんが、私は可能だと申し上げます。(P.69)

こういう言葉に私はすごく惹かれます。掲示板でもよくあることですが、「それは理想論であって、現実には違います」みたいなことを言われることがありますけど、地上的視点で見ればそうだけど、霊的視点で見たら随分違うということがよくありますから。

ペ:この世にいると「それは無理だ〜」と思うような事も、いともあっさり「出来るよ!」と言ってくれる所が、シルバーバーチの気持ちいいところですよね。

有希:例えば、テロの事件で多くの人が亡くなってみんな違和感を感じていますけど、シルバーバーチの視点からすると「たいした事ではありません」なんですよね。どうしてたいしたことでないのかというと、「死んでも死なないからです」ということと、「そこで何かカルマの埋め合わせが働いているから死ぬ」というのがシルバーバーチの視点ですよね。その視点だけで話をしていくと「何と冷たい」という感じになっちゃいます。そうするとやっぱり現実に視点を合わせて、「罪もない人達が死んでいくのは大変な事だ」というところで話を進めざるを得ない事もでてきます。両方の視点が分かるけど、いったい私たちはどこに視点を定めたらいいんでしょう。

ペ:それは自分で固定しないで、いろいろと複眼的に見ていくべきだと思います。(地上の存在である以上、本来の霊的存在としての視点と平行して、地上界ならではの視点も持つところにこそこの世に生きる意義があるということ)

長田:そうするしかないですよね。

ペ:そういうのを忘れて霊的な事からだけ見るのがいいんだ、と思い込んじゃうと変な狂信的な宗教みたいになっちゃう。

有希:地上にいる間はやっぱり地上的視点で見てしまいますよね。

長田:でも、口にしなくても霊的な視点で物事をちゃんと見られることはとても大切な事ですよね。今回の事件で思ったんですけど、もし地上的な見方だけだと、真剣に考えれば考えるほど、これは大変な事態になったという感覚に陥ってしまうけれども、霊的視点で見ればそうではない、未熟ゆえになるべくしてなった、あとは必ず良くなる、と思い直したら、とっても心が落ち着きましたから。

有希:ホント、その通りですね。私もどうかするとすぐ地上的視点だけで見てしまうことがあるので、いつも気をつけなければと思っています。私たちは一つの見方にとらわれるのではなく、どちらの視点からでも見られる融通性を持っていたいですものね。あと他に何かありませんか?

長田:ちょっと質問ですけど、P73の6行目です。

憎悪の復讐心に燃える神の前にひれ伏すような卑屈な信仰心を永久に捨て去るように指導してあげることです。(P.73)

この“憎悪の復讐心に燃える神”とはどういうことですか?

有希:これは旧約聖書の中に出てくるんですよ。神は復讐する、自分に逆らう者達をことごとく滅ぼしていく、という内容があったと思います。これはそのままイスラム教に通じるんですよね。イスラム教は旧約と新約をもとにしてコーランを作っているけど、特に旧約の影響が大きいと思います。でも、「卑屈な信仰心」という言葉がおもしろいなぁ。

長田:本当ですね。でも良く分かりました。

ペ:この考え方はシルバーバーチの霊訓の中によく出てくるところですね。

有希:それから私がおもしろいと思ったのは、P70の1行目です。

大霊は我が子が破滅の道へ向かうのを黙って見ているわけには行かないのです。(P.69)

今までシルバーバーチは神のことを『法則』と言っていましたよね。でもここには『我が子』と書いてあります。ということは、『大霊=法則』なんだけれども、シルバーバーチにはまた別の神観があるんだと思いました。とするとシルバーバーチにとっては『神=法則』だけではないという別の構図が見えたと思ったんです。その法則というのは、地上や霊界や全てのものをうまく機能させていくための神の愛の形だったんだなって。

長田:法則というとただのサイクルみたいで、そこに情愛が入っていないように感じてしまうけど、そうではないということですね。

有希:そうそう、この文章で法則の向こう側にある、法則を作った神の愛をじわ〜んと感じました。だから法則を作ったこと自体がこれもすごい愛なんだとね。ということは法則通りに生きていれば幸せにならないはずがないということになるし、法則と逆の事をやっていればそれは不幸になるでしょう。コンピューターでもそうだけれど、使い方を誤らなければものすごく利用価値はあるけど、使い方を誤るとすぐにハードディスクが壊れてしまいますよね。法則と逆の事をやっていて、どうして幸せにならないのか、どうして神は私達を見捨てたのか、と言うのは間違っていますよね。

ペ:この「大霊」という言葉を「法則」と置き換えて読んでみても面白いと思いますよ。

有希:でも法則と言うと私はどうしても“しくみ”みたいに思っちゃいます。

ペ:そういうこともありますけど、そこをあえてやってみるんですよ。そうすると、霊的法則に従って生きていけば必ずいい方向に行くんだ、という意味がよりわかりやすく見えてきます。

有希:まあ、そういうことでしょうけど。
次にシルバーバーチが一貫して言っている事なんですけど、P70の後ろから2行目になります。

死によって愛と情愛と友愛で結ばれている人々が引き裂かれるどころか相変わらず結ばれ続けていることを、これまで以上に確信させてあげることが出来ていることです。(P.70-71)

例えば、テロで死んでしまったとしても実際には死んでいないわけだから、ちゃんと情愛と友愛で結ばれているということになると思います。そうするとやっぱり死ぬ事は大した問題ではないということになります。では何が問題かというと、その人が成長してこなかった、霊的に目覚めなかったという事が一番問題なんだと思うんです。でもそうすると、死んでも死なないんだから、殺してもいいんじゃないか、という考えが出てくる人もいたようですけど、そういうこと考えた事ありますか? 私はそういう考えを持ったことはなかったので。

ペ:どうして殺してはいけないんだろう、というのは、やっぱり考えますよね。……あ、考えない? 僕だけ?
まず一つには、相手の可能性(この世で学べた筈の、何かを成し遂げられた筈の)を奪うことになるからいけないというのがありますね。
それから、人間がこの世に生まれてくるプロセスを考えてみれば、細かい事を考えなくても殺人が悪だというのは明白だと思うんです。長い年月かけて準備してこの世に生まれてきているのを、一度に全部無にしてしまうことですから。無理矢理に命を奪うというのは……人間が一人生まれてくる為にはものすごく沢山の霊界からの助力や、たいへんな力が掛けられているわけだから、それをぶち壊すからにはそれ相応の償いをしなければいけなくなるわけで……これはそうとう大きな罪になるんじゃないでしょうか。

長田:それは自殺にも同じことが言えますよね。

有希:なるほどね。とてもいい説明ですね。この説明、頂きます(^・^)
ここで、本当の人間の救われ方が書いてあるところがありました、P71の6行目です。

無償の献身を通してのみ、地球人類は救われるのです。(P.71)

だから逆を言えば、これ以外に救われる道はないということですよね。

ペ:無償だからお金を取ってはいけないということですね。お金を取っていたら地球人類は救われないんだ。

有希:お金で世の中がまわるということがなくならない限り、世の中は人間の心の世界はあまり発展しないのかもしれないですね。自給自足の世界がいいのかな。

長田:でも結局はお金を持っていようがいまいが、お金に一番の価値を置かなければいいわけですよね。でなければ、霊的真理を知った意味がなくなるわけだし。

有希:この文でいくと、自分たちのできる分だけ働いていけばいいということになりませんか。そういう点では私は共産主義は理想的な世界だと思っているんです。でもそこで出てくる問題が、働いても働かなくても同じなら働かない方がいいや、と思って楽しようとする心が出てくることなんですよね。だから本当の共産主義が成り立たなくなるんだと思うんですけど。

ペ:まぁ、人類がそこまで進歩していなかったということですね。

有希:理論的には共産主義はなかなかいいと思いますが、利他愛がなければ全く逆の方向に行ってしまいますものね。

ペ:考えてみるとスター・トレックの世界って、どう考えても共産主義なんです。それどころか、お金の存在しない世界。アメリカで作られているドラマなのに面白いですよね。で、宇宙艦隊の人たちは何のために働いているかと言うと、それぞれの“生きがい”のためであるという。

有希:今のお金中心主義からすると、お金が無い世界というのは想像できない世界ですね。
利他愛を持っている人だけが生きていけるみたいな感じだから。

長田:霊界みたいですよね。自分の能力に応じて、やれる事をキャッチして働いていくという。

ペ:さっき出たところのちょっとだけ前ですけど。

人類を霊的に、精神的に、そして身体的にも自由にする、至って単純な真理です。(P.71)

やっぱり真理というのは、人を束縛したり、こうしなければいけないと規制したりするものではなく、自由にするものだと思うんです。

有希:そうですね。変な慣習とか、執着心とか、苦しみとか、そういうものから開放してくれるから。

ペ:色々な宗教が出てきた歴史というのが、みんなそれまで人間を縛っていたものから自由にするために出てきていますよね。ユダヤ教でもそれ以前の人類を縛っていた原初的な恐怖から開放したんだろうし、キリスト教はユダヤ教の色々な戒律から人間を自由にしたわけだし。物質主義も1つの宗教として考えれば、キリスト教が生んだ暗黒時代の色々な束縛から開放したわけだし。

有希:考えてみると、それなりに進化しているということですね。

ペ:だからスピリチュアリストというのは、他の宗教の人達より、より自由でなければいけないと思うんです。

有希:そうですね。宗教というのは、その縛られていたものから開放されるために作ったのに、また違った面の新しい束縛をも作っているから、その束縛を解くためにまた新しい宗教となっていくんですものね。スピリチュアリズムも何か束縛しているものがあるのかしら。

ペ:あったとしてもそんなに強くはないんじゃないですか。それを信じている人が、自分でこんな事をしていてはいけないと思ったりするのはあるかもしれないけど。例えば「肉を食べてはいけない」とか(笑)。ま、それは冗談としても、「本当はこうでなければいけないのに、こんな自分って」という考え方に陥る人は多いと思います。これはあまりよくないかなと思いますけど。

有希:卑屈になってはいけないですよね。でも、自分の中だけで「こういう自分になりたい」と前向きに考えて努力するのは大切だと思います。「自分の理想とする自分になるためには、これはやめたほうがいい」というのは当然出てきますから。これは束縛とは違いますね。

ペ:成長していくエネルギーになるような考え方が出来るならいいですけど、いじけちゃってる人がいますよね。そのために余計に萎縮してしまって。霊性進化のデフレスパイラル(苦笑)。

有希:いますよね。それとか、スピリチュアリストはこうであらねばならない!というようなこともありますよね。自分に当てはめてそれを自分の目標とするのはいいけれど、他人もそれに当てはまってほしいと要求してはいけないですもんね。

ペ:またそういうのに限ってイメージが貧困なんだ。「いかにも」な宗教的イメージに囚われていたりして。
僕はそういうのはキライなんで、意図的に“違うんだぞ”というのを見せていますから。お上品な人が眉をひそめるような話をワザと書いたりして。何か品行方正なばかりの宗教家みたいなイメージはイヤなんですよね。

有希:なるほどね。それぞれですよね。私はその逆で自分はけっこういい加減な人間だと思っているから、もう少しましな態度を取らなくてはと思っている方ですよ。

ペ:もともと宗教っぽいものが嫌いというのもありますし、まがい物ほどそれらしい雰囲気を演出する世界じゃないですか。ですから、そういうふうにだけはならないようにしよう、と。

有希:それは良く分かります。私も宗教宗教した感じは好きではないので。
えーと、P73の後ろから6行目になりますけど

私たち地球浄化の大軍には霊力という武器があります。(P.73)

これはすごい言葉だと思いませんか。霊力を武器にするというのは、霊界ならではの事ですよね。地上ではどうしても目に見えるものに囚われてしまうけど、霊界はやっぱり霊力しかないですよね。霊力というのは、直接人間の心に働きかける事もできるわけだから、これはすごいと思いました。また、ホームページを作っている人はその次の

地上界の有志を鼓舞し、導き、心の支えとなり、飢えた魂に心の糧を与え、病に苦しむ人々に癒しを与え、全ての人にインスピレーションと啓示と叡知をもたらすことが出来ます。(P.73)

こうして私たちが語っている事を文字にして読んでもらっていますけど、この中から何か感じてくれる人もいるだろうし、インスピレーションを受ける人もいるだろうし。私たちが語った事と全く違った事を考えて、こんな事も言えるんじゃないか、という考えを持ってくれる人もいると思います。それから、自分だけじゃなく、同じような感覚を持っている人がいるという、その存在がいるだけでも心強いですしね。

ペ:それはありますね。

有希:そうすると掲示板に書き込む事も大きな意味があると思います。別にホームページを持っていなくても、掲示板で真摯なやり取りをするということはすごい意味があると思います。皆さん、身近に霊的な話のできる人がいる、という人は少ないようですから、離れていても掲示板の中で会話をするということは、やっぱりすごく大きな意味があると思います。書きこむ方はすごいエネルギーを必要としますし、それだけに読む人達にも何かしら考えるきっかけを与えてくれたり、何か感じさせてくれたりしてくれてますものね。案外これが新しい形の何かだったりして。私自身、他の人たちの書き込みには結構刺激を受けてますから。

ペ:これこそ霊的真理を武器として戦っているという感じですよね。

長田:本当にそうですね。

有希:あとP73の一番最後ですけど、

教会に属していようといまいと、どこかの宗教に属していようといまいと、科学者であろうと唯物論者であろうと哲学者であろうと、そうしたラベルにはお構いなく、受け入れる能力のそなわった人を一人でも多く見出して協力者に仕立てて行く用意があります。(P.73-74)

この4章というのは、全部が未来形で夢と希望を持った内容が一杯入っていて不安がなくなります。現実の世の中が混沌として悪い状態でも、明日の世界はこんなふうに導かれていくんだと思うととっても安心できますよね。

ペ:そうですね、ちゃんとゴールがあるというのが分かると気持ちが違いますよね。どんな優秀なランナーでもゴールが永久に届かないと言われたら走れないですから。考えてみたら、人類が始まって以来ずうっと来ていますから、あと500年や1000年でゴールが見えるのだったら、まぁいいですよね。

有希:そうですね。今日は短いわりには中身が濃かったよね。

長田:そうですね。終始一貫して未来の事、明日の世界の事が書かれていて、とっても視野が広がりました。

有希:では今日の感想で終わりにしましょう。

長田:今日一番印象に残ったことは、「無償の献身を通してのみ、地球人類は救われるのです」というところです。やっぱり魂はこの無償の献身をする事によって、本当の喜びを持つ事から救われていくのかなと思いました。この、自分の中に湧き上がる喜びを1つでも2つでも増やしていく事で魂が成長して行くのかなと思いました。だから、真理を知ったから救われたとか、何かしてもらったから救われたというのは違っていて、本当はまだ救われていなくて、そこから自分が利他愛の行動を起こして得た喜びによって初めて救われるのかなと思いました。はたして自分はいくつこの喜びを知っているのかちょっと考えてしまいましたけど。

有希:お金の為じゃなくて、ただ相手が喜んで欲しいと思ってやったことで、相手が喜んでくれると本当に嬉しいですよね。これってお金じゃないですもん。例えば、困っている友達に何かしてあげたいとか、喜んでもらいたいということがあると力が入るけど、逆にお金が絡むとそういう意欲も減退しちゃうことがあるから、やっぱりお金というのは厄介ですよね。でも、未来は明るいということが分かって本当に良かった。

ペ:そうですね。4章は短いのでどうかなと思ったんですが、さすがにシルバーバーチの霊訓だけあって話すことは沢山ありましたね。特に、ゴールがシルバーバーチには見えているというのが心強いです。一時的に暗黒と苦難の時代の到来のように思えたとしても確実にゴールが見えていて、いつかはたどり着けるんだというのが分かったという事で。だからこの章は「明日の世界」というタイトルなんですね。


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