心霊学研究所
欧米心霊旅行記
('03.05.01)

付録 国際スピリチュアリスト会議(International Spiritualist Congress)の概況
一、幹部と各国の代表


 

 日本国のスピリチュアリストを代表し、はるばる極東からロンドンまで出張した私としては、とりあえずその大会の概況を、本邦の会員読者の皆さんに報告することが第一の義務と思います。むろんこの大会の席上で取り扱われた問題は非常に多岐にわたり、また、私一個人として交渉・接触を重ねた事件・人物も、よほどの多数にのぼり、現在の私としては、とうていその詳細を筆にしている余裕がありません。大会がすんでからも、私はロンドンならびに地方から招待また招待、そしてどこへ行っても日本の心霊事情、ならびに神道に関する講演を求められ、今なおほとんど安らかな日もないほどです。で、大切なこと、興味ある問題などは、後から思い出してボツボツ書き足すことにして、今回はホンの大会の概要を申し述べるにとどめます。

 ご承知の通り『国際スピリチュアリスト会議』は三年ごとに開会せられ、今回のロンドン大会はこれで第三回目です。前回はフランスのパリで開かれ、その際二十四ヶ国の代表が集まり、そうとう世界の注目を集めたことは、一昨年の『心霊と人生』誌で報告しておきましたが、むろんその際には、まだ日本国としてこれに参列すべき気運に向かわず、むなしく西の空を望んで嘆息したようなしだいでした。

 今回ロンドンで大会の開催された会場は、サウス・ケンシントンの『クインス・ゲート・ホール』という建物で、ふだんは音楽ホールとして使われているところらしく、地下室から第五階にわたって、かなりの設備ができています。付近はしごく閑静で、ケンシントン・ガーデンにも近く、まずスピリチュアリスト大会の会場として、ほぼ文句の付けようがないと言って良いもので、ただ欲を言えば、こんな大人数を収容するには、少々手狭な感じがするのが、いささか遺憾なくらいのものでした。

 まず今回の幹部の顔ぶれからいうと、名誉総裁が例の有名なサー・アーサー・コナン・ドイル。180cmはある堂々たる体躯の所有者で、七十に手の届く年齢でありながら覇気旺盛、口をの字にむすんで、天の一角をにらむ面魂《つらだましい》は、どこへ持ち出しても、押しも押されもせぬ貫禄《かんろく》をそなえています。主要な会議の席には、この人がたいてい議長席につきました。

 次に会長は、イギリスのジョルジ・ペリィ氏----この人はドイルさんとは打って変わり、英国人としては頗る小柄な体躯の所有者でしたが、筆を執っても、演説を行なっても、誠に立派なもので、しかも事務的に、ドシドシ仕事を進めて行く手腕は、なかなか冴えたものでした。七日間の会議でいちばん頭を使ったのは恐らくこの人で、はた目にも見るからに気の毒なぐらい、各方面からひっぱりだこになっていました。

 それから、同氏の下には副会長が二人いてこれを助けましたが、いずれもフランス人でした。一人はフランス精神学会の創立者として有名なジアン・マイヤー氏----きけばこの人は巨大なブドウ園の所有者なのですが、先年私財のほとんど大半、四百万フランを投げ出して、一人でフランス精神学会の基礎を築いたという篤志家《とくしか》だということです。見るからに長身痩躯のいかにも気品のある中年の紳士でした。他の一人はアンドレ・リバー氏----この人は語学の天才で英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語などを自由自在に使い分け、自分のフランス語の演説を、さっそく自分で英語に通訳するなどの離れ技を演じ、いつも会衆をあっと感嘆せしめたのでした。国際スピリチュアリスト会議の桧舞台には、ぜひともなくてはならない立役者のように見受けられました。

 その他、幹部補助役としては、英国中のこれはというスピリチュアリストが、総がかりでこれに当りました。まず何よりも会衆に好感を与えたのは、例の老ウアレエース博士、今年八十歳の高齢で髪は白髪でありながら、顔は子供のようにつやつやして、さかんに演説もやれば、説明もやり、ほんとうに若者のように元気な感じがしました。そして立派な学会の元老株でありながら、少しも気取らず、威張らず、各国の代表と膝を交えて歓談する様子は、誠に敬服に値するものがありました。つづいて衆目の中心となったのは、例のハミルトン侯爵夫人、金ぴかの燦然たる貴族的服装で、ジミな服装のスピリチュアリストの間に異彩を放ちつつあるのでした。この人も、この道のためには、よほど私財をなげうって、発展に力をそそぐ一人だと承ります。その他、ストッパード夫人、マッケンジー夫人、ステッド嬢、エリオット嬢、スタンレー・ド・プラス氏、オーテン氏、キーリング氏、トマス氏、ガウ氏、ボッディングトン氏、ド・クレスピニィ夫人など、とてもここに挙げ切れないほどです。

 主人側については、こんなところでお許しいただき、今度は各国から集まった代表者を紹介する段取りですが、あまりにたくさん過ぎて、とても姓名を列挙するわけにはいきません。次にその所属の国名だけでも挙げることにしましょう。すなわち----

北米合衆国(約30人)
カナダ
アルゼンチン
ブラジル
グアテマラ
キューバ
メキシコ
フランス(多数)
スペイン
ポルトガル
イタリア
スイス
ドイツ
オランダ
デンマーク
ベルギー
ルーマニア
アイスランド
インド
南アフリカ連邦
コスタリカ
オーストラリア
オランダ領東インド
支那
プエルトリコ
イギリス(多数)
日本(2人)

 このうち東洋方面は、インドが四人で、中でもリシス夫妻が、インド式の服装と、皮膚の色で、大いに異彩を放っていました。オランダ領東インドはほとんど目立たず、支那の代表というのも、わざわざ極東から出張したわけではないらしく、たった一二度申し訳に顔を出した婦人があっただけでした。日本はかく申す私の他に、福来博士も時々顔を出しました。国際スピリチュアリスト会議への初めての出席というところを評価されたのか、七日間ぶっ通しに、私は各方面の人たちから質問連発。常に包囲されている姿であったのはずいぶん肩の凝る仕事で、たまには息抜きのために一時間ぐらいケンシントン・ガーデンまで逃げ出したりしました。が、そのために、日本の心霊事情に関しては、相当世界の研究者の間に行き渡ったと思います。

 


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