心霊学研究所
『小桜姫物語』浅野和三郎著
('02.04.16公開)

十六.守護霊との問答


 

 岩屋の修行中に自分の守護霊と会ったお話をしたばかりに、こんな長話になっちゃいましたわ。こんなヘタな話でも、皆様のご参考になればこの上なく幸せです。

 ついでにそのときの守護霊との間で取り交わした問答の一部をご紹介しておきましょう。それほど面白いわけではありませんが、私にとっては忘れがたい想い出の一つになっています。

 

問『あなたが私の守護霊だとおっしゃるのなら、どうしてもっと早くお出ましにならなかったんですか?今まで私はおじいさんばかりを頼りにして、心細い日々を送ってきたんですよ。もしあなたのような優しいお方が最初からお世話をして下さったら、どんなに心強かったことでしょう。』

答『それはもっともな意見ですが、神界には神界の掟《おきて》があるのです。あのおじいさまは昔から産土神《うぶすな》のお使いとして、新たに帰幽した者をあつかうことにかけては右に出るものがないほどお上手で、私なんかは足元にも及びません。私なんかはまだまだ未熟者で、それに人情味といったようなものが強すぎて、おもいきった厳しいしつけをする勇気がないのが何よりの欠点なんですのよ。あなたの帰幽当時のあの激しい狂乱と執着といったら、とても私の手におえるようなレベルではありませんでしたわ。うっかりしたらお守り役の私までもが、興奮の渦の中に引き込まれて、一緒に泣いたり、怨んだりするはめになっていたかもしれません。ですから私としてはわざと差し控えて陰から見守っていたというわけなんです。結局はそうした方があなたのためだったんですよ。』

問『では今までお姿をお見せにならなかっただけで、あなたは私の狂乱の状態をすべて陰からご覧になられていたんですか。』

答『もちろんそうです。あなたの一身上の事柄は、現世にいたときも、こちらの世界に移ってからのことも、一切知りぬいていますよ。それが守護霊というものの役目で、あなたの生活はまた同時に私の生活でもあったのです。私の修行が未熟なばっかりに、ずいぶん苦労をさせてしまいましたわね。』

問『まあ、なんてもったいないお言葉でしょう。そんなにおっしゃっていただきますと、なんだか穴にでも入っちゃいたい気がしますわ。ところであなた様のお名前と、現世を過ごされた時代をお教え願いたいのですが。』

答『あらためて名乗るほどのものではありませんが、せっかくこうした深い因縁の絆で結ばれた間柄ですから、一通り自分の素性をお話しておきましょうか。私はもとは京都の生まれ、父は粟屋佐兵衛《あわやさひょうえ》という名で、宮中にお仕えしていたものです。私の名は佐和子、二十五歳で現世を去りました。私が地上にいた頃は朝廷が南北に分かれ、一方は新田、楠木らの武将が控え、他方は足利その他東国の武士どもがつき従い、連日戦闘を繰り広げていました。私の父は旗色の悪い南朝方についていたので、私たちは生前ずいぶん数々の苦労辛酸をなめました。』

問『まあ、それはお気の毒です。私も同じような経験をいたしましたので、お気持ちお察しいたしますわ。それにしても二十五歳でなくなられたとのことですが、それまでずっと独身でいらっしゃったんですか。』

答『独身でしたが、それには深いわけがあるんです。実は…思い出すのもつらいのですが、私には幼い時から契りを交わした許婚《いいなずけ》がありました。そしてそろそろ吉日を選んで婚礼の式を挙げようとしていた時に、ちょうどあの戦乱が起こったのです。ほどなくして愛する人は戦場の露と消え、私の幼い頃からの夢は無残にも吹き消されてしまいました。それからの私は魂の抜け殻同然で、ちょうど花のつぼみが咲かずにしぼんじゃうようにだんだん元気をなくしていき、二十五の春に寂しくポタリと地面に落ちたというわけです。あなたの生涯もずいぶん辛い一生でしたけど、私にくらべればまだまだ花も実もあり、どれだけ幸せだったことでしょう。上を見てもきりがないが、下を見たらまた際限ないものなのです。おじいさまのご指導のお陰で最近あなたもずいぶんしっかりしてきましたが、まだまだあきらめが足りないように思います。これからは私もちょいちょい様子を見にきたいと思います。一緒に向上しましょうね。』

 その日の問答は大体こんな感じでした。私にとってこのような素敵な指導者が見つかったことは、どれほど励みになったかわかりません。その後守護霊は、約束どおりしばしば私のところを訪れて、色々とありがたいご指導を与えてくださっています。私は心からこの優しい守護霊に感謝していますのよ。

 


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