心霊学研究所
『小桜姫物語』浅野和三郎著
('02.07.16公開)
夫がいよいよ姿を見せたのはそれから少しあと、ふとわき見をした瞬間でした。五十歳ぐらいに見える神様に付き添われて、私のすぐ眼の前に忽然と昔のままの姿を現したのでした。 『わー、昔のまんまだ。』 私は今更ながら、生死の境を越えても少しも変わっていない夫の姿にビックリしてしまいました。服装までも昔の好みで、ねずみ色の衣装に大紋を打った黒の羽織とはかまを身に着け、腰にはお決まりの大小二本の刀を差し、全体に非常にあらたまったいで立ちをしていました。 これが現世の出会いだったら二人はその後どうなっていたかわかりませんね、なんて。でもさすがに神様の前ですから、取り乱すわけにもいかず、内心の興奮を抑えて私は一生懸命平気なふりをしていました。夫の方でも少しも弱みを見せず、落ち着き払った様子をしていました。しばらく沈黙が続いた後で、私の方からこう切り出しました。 『お別れしてからずい分長い年月がたちましたが、今日ここでお会いできた事を大変嬉しく思います。』 『全く今日は思いがけない再会だったね。』とやがて夫も武人らしい重い口を開きました。 『あの時は予想以上の混乱で、別れの言葉を交わすひまもなくあんな事になってしまい、君も残念だったろうね。それにしても君がこんなに早くこちらの世界にくるとは思わなかった。いつまでも平和に長生きするようにこちらの世界で祈願していたんだが、かなわなかったようだね。でも過ぎた事をあれこれ悩んでいても仕方がない。みんな運命とあきらめてくれるかい。』 こんな飾り気のない夫の言葉を、私は心から嬉しいと思いました。 『昔のことはもう言わないで。あなたに別れてからの私は墓参りだけがただ一つの楽しみだったんですが、やっぱり寿命だったんでしょうね。すぐにあなたの後を追う事となりました。一時はこみ上げる悔しさ、悲しさでどうしようもありませんでしたが、近頃は何とかあきらめがつきつつあります。そうした中での今日の再会、すごく嬉しいわ。』 色々話し合っているうちに、お互いの心が次第次第に親しみを増しはじめました。それはあたかもあの想い出多い三浦の館で、主人と呼び、妻と呼ばれて楽しく寝食をともにした時代の、あの現世時代にかえったみたいでした。 『いつまでも立ち話ではなんだから、その辺に腰掛けようか。』 『それもそうですわね。ちょうどここに手ごろな椅子がありますわ。』 私たちは三尺(約1メートル)ほど隔てて並んだ木の切り株に腰を下ろしました。監督役の神様たちも気を利かせたのか、あちらを向いて素知らぬふりをしておられました。 二人の話はだんだん弾んでいき、それにつれてしゃべる口調も滑らかになっていきました。 『あなたは生前と少しも変わらないわ。それどころかかえって若返ったように見える。』 『まさか。でもこっちに来てから何年たっても年を取った気がしなくて不思議だったんだ。』と夫は笑いながら言いました。『それにしても君は少しふけたようだね。』 『もう。あなたと別れてから色々苦労したんですもの。やつれもするわ。』 『それは気の毒な事だ。だけどここまで来たらもうそんなに苦労しようがなさそうだから、そのうち元気になるさ。早くそうなってもらいたいんだが。』 『わかりました。みっちり修行を積んで、昔よりも若くなってお目にかけますからね。』 とりとめのない事でも、こうして親しく語り合っていますと、私たちの間にはなんともいえない楽しい気持ちが湧いてくるのでした。 |