心霊学研究所
『小桜姫物語』浅野和三郎著
('03.07.09)

六十六.三浦を襲った大津波


 

 さてさっき言ったきっかけとなったできごとというのを、もう少し詳しくお話しますね。それはある年三浦の海岸を襲った大津波のことなんです。それはめったにないぐらいのひどい大時化《おおしけ》で、一時は三浦三崎の人家が全滅するかと思われるほどでした。

 そのころ諸磯のある漁師の妻で、常日ごろ私のことをよく尊信してくれていた女性がいたんですが、彼女が『小桜姫にお願いすれば、どんなことでもきっとかなえてくださるわ』なんて思い込んじゃってたらしいんです。それでいよいよ嵐がひどくなりますと、私の墓に駆けつけて一心不乱に祈願し始めました。

『このままに手をこまねいていると、三浦の土地は全部流されてしまいます。小桜姫さま、どうかあなたさまのお力でこの災難を免れさせてください。この土地でおすがりできるのはあなたしかいないんです。』

 ちょうどその時私は海の修行場で、相も変わらずの統一三昧に耽《ふけ》っていましたので、この女性の祈願がいつにもまして私の胸にはっきりと通じてきました。これには私もびっくりしちゃいました。

『大変だわ。三浦の土地は私にとっても因縁の深い土地だもの、見殺しになんかできないわ。第一あそこには夫をはじめ三浦一族の墓地もあるし。ここは龍神さんに一生懸命祈願してみましょう。正しい祈願ならきっと神様の助けがあるに違いないわ。』

 それから私は未熟ながらできる限りの熱心さで、三浦の土地が災厄から守られますようにと龍神界にむかって祈願しました。間もなくあちらから『願いを聞き届ける』とのありがたいお言葉が伝わってきました。

 

 はたしてさすがの猛り狂ったような大時化もいっぺんにおさまり、三浦の土地は大した損害もなくすんだのですが、三浦以外の土地、例えば伊豆とか房州とかは、百年に一度というほどのひどい損害をこうむったのでした。

 こうした時はまた不思議なことが重なるものでして、私の姿がその夜例の漁師の妻の夢枕に立ったんだそうです。私としては別にそんなことをしようというつもりはなくて、ただこの正直な女性を心から愛しいと思っただけだったんですが、たまたまこの女性がいくらか霊能らしいものを持っていたために、私の思念が彼女に伝わり、夢にまで私の姿を見ることになったのだと思います。そんなことは別に珍しいことでも何でもないんですが、場合が場合だけに、それがとんでもない大騒ぎに発展してしまったのでした。

『小桜姫は確かに三浦の土地の守り神だ。今回三浦が不思議に助かったのは、みな小桜姫のお陰だ。実際小桜姫が誰それの夢枕に立ったそうじゃないか。ありがたいことだ。』

 私としては、ただ土地の人々に代わって龍神さんに祈願しただけのことで、私自身に何の働きがあったわけでもないんですが、そうした経緯が無邪気な村人たちにわかるはずありません。で村人全体の相談の結果とうとう私を祭神とした小桜神社が建立される事になっちゃったのでした。

 こんな話を指導役のおじいさんから聞いた時はびっくりしてしまいました。私は真っ赤になってご辞退いたしました。

『おじいさま、とんでもありませんわ。私なんかまだ修行中の身ですもの。力量といい行状といい、まだまだとてもそんな資格があるとは思えません。他の事ならともかく、こればかりはご辞退いたしますわ。』

 でもそう言ってもおじいさんは許してはくれませんでした。

『あんたがどう言おうと、神界ではすでに人々の願いを聞き入れて、小桜神社を建てることに決めちゃったもんね。なあに心配せんでもあんたの力量は神界のほうで何もかもお見通しだよ。あんたはただ誠心誠意人間と神との仲介役に励めばいいんだ。今さらわがままを言わんでくれよ。』

『はあ、そんなものでしょうか。』

 私は内心すごく不安を感じながら、そうお答えするより他ありませんでした。

 


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