心霊学研究所
小桜姫物語
('03.09.22)

七十.現界の祝詞


 

 そうするうちにもその日の鎮座祭のことは、早くもこちらの世界の各方面に通じたらしく、私の両親、祖父母、夫をはじめ、多くの人たちからお祝いの言葉が、凛々《りんりん》と私の耳に響いてきました。それは別に相手に通信しようと思わなくても、自然とそうなっちゃうんです。近頃は現界でも電話やメールなんていうのがはやってるようですけど、こちらの世界の仕組みもだいたい似たようなものかもしれません。ただもうちょっぴり便利かしら。『思えば通じる』っていうのが私たちの合言葉なんですもの。

 さてその時感じ取った通信の中でも、やっぱり夫のものが一番力強く響きました。『君がいよいよ神として祀られることになり、長年連れ添った夫としては、決して半端な気持ちではいられないんだ。しかもその神社が建てられる場所というのが、あの油壷の対岸の隠れ家の跡というじゃないか。何はともあれしっかりやってくれよ。』

 そのうち指導役のおじいさんからご注意がありました。

『現界では御霊鎮《みたましず》めの儀にとりかかったようだ。あんたもすぐに準備にかかりなさい。』

 その言葉を聞いて、私は急に身も心も引き締まるように感じました。

『これから私はこのお宮に鎮《しず》まるのだわ。』

 そう思った瞬間、あら不思議、私の姿は消えてなくなっちゃたんです。

 後でおじいさんからうかがったところによりますと、私という存在はその時すっかり御幣(※訳注)と一体化してしまったんだそうで、つまり御幣が自分か、自分が御幣か、その境界がわからなくなってしまったんです。

 その状態がどのくらい続いたかわかりません。でも不思議なことに、そうしている間、現世の人たちが奏上する祝詞が手に取るようにはっきりと耳に響いてきました。その後何回もこうした儀式に臨んでいますが、いつも同じ状態になるんです。全く不思議ですよね。

 ふと我に返ってみると、おじいさんも、守護霊さんも、さっきの姿勢のまんまで並んで神壇の前に立っておられました。

『これで私も一安心だ。』

 おじいさんはしんみりした口調で、ただそうおっしゃっただけでした。続けて守護霊さんがおっしゃいました。

『ここまで来るのは本人の苦労はもちろんですが、陰になり日向になり親切にお導きくださった神様方のお骨折りは容易なものではありません。決してそのご恩は忘れないように。』

 その時私は感極まって言葉も出ず、あふれる涙をぬぐうこともできず、龍神さま、氏神さま、その他の皆様に心から感謝のまことを捧げたのでした。

※訳注:御幣:裂いた麻や畳んだ紙を細長い木にはさんだ祭具。おはらいをするのに用いる。幣束。(大辞林第二版より)

 


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