心霊学研究所
『欧米心霊旅行記』浅野和三郎著
('01.12.04登録)
第九信 ロンドン雑記(6)
物理的霊媒ルーイスの実験
何はおいても、ロンドンでぜひ訪問しなければならぬものの一つに私が数えたのは、マッケンジー夫妻によって経営される心霊大学でした。この数年来、自分がその会員の一人として、同所発行の『心霊科学』誌を愛読している関係から言っても、そこに対しては非常に親しみを感じるのでした。ところが前にも記したとおり、さる八月二十一日、たまたまド・クレスピニイ夫人を訪ねると、「自分が案内するから、九月の三日にお出かけなさいませんか」とのうれしい勧誘、「渡りに船とはこの事だ」とばかり、私は大いに有り難がりつつ、すぐに承諾の旨を答えたのでした。 こちらへ来てからの経験によると、感心にも、すべての人々が時間だけは厳格に守るので、自分もその点においてヒケを取らないように、三日の日は少し早めに宿を出かけました。もちろん私はいつも出発前には、充分に地図と首っ引きで所在地をしらべ、バスや、地下鉄の昇降地点をも決めてかかるのですが、いざ実際に行ってみると、まず戸惑わなかったことは、めったにありません。ことに天気が曇ってでもいると、東西南北の区別がさっぱり判らず、活動写真のように目まぐるしく人間や自動車の行き来する街頭に、ポカンと立ち往生をしてしまいがちで、そうした迷う時間を差し引くと、たいていは定刻に遅れはしても、早すぎるおそれはめったにないのでした。この日なども、私はうっかり地下鉄の線路を間違い、西に行くべきところを、東のはずれのバンクまで連れて行かれてしまい、「これではならぬ」とそこからまた別の線路を引き返して、西のはずれのホーランド・パークまで行ったときには、約束の時間を五〜六分過ぎていました。 「ロンドンみたいなダラシのない場所ったらない。これで一つの都市だなんて、あまりにだだっ広すぎる。それだから、いつまで経ったって判りゃあしない」 お上りさんはお上りさんらしい不平をもらしながら、それでもドウやらホーランド・パークの五十九番地の心霊大学をさがしあてて案内を乞いました。 日本や支那のものらしい仏像、その他の並んでいる廊下を通って、応接間にはいると、そこには果たしてド・クレスピニイ夫人が、さきほどから私の着くのを待っていました。 「よくお出でなさいました」と、夫人は立って私と握手しながら、 「ずいぶん遠いのでお困りでしたでしょう」 「イヤ今日は地下鉄に乗りそこねて、ロンドンを東の端から西の端まで通りました。ロンドンへ来てから、私はいつもこんな間違いばかりやっています」 「そうでしょうね。私たちでも、うっかりすると間違いますからネ」 喋っているところへ、五十余りの颯爽《さっそう》と立派な姿の一人の婦人が入ってきました。紹介されて、それがここの校長さんのマッケンジー夫人であることが判りました。 「今度の大会へご出席のために、お出かけですってネ」と、夫人はたいへん愛想よく私を迎え、 「お国の方が、ちょいちょいこちらへお見えになります。このあいだもジェネバにご滞在の、何とかいうお方がおいでなさいました。それから数年前には若い方で、大学にご関係の方で、何度も訪ねてくださいました。お名前ですか……どうもお国の方のお名前は覚えにくくて……」 「補永さんではありませんか?」 「そうそうプロフェッサー・ホナガでした。アサノさん、あなたご存じですか?」 「よく存じております。月に一度や二度は必ず会います」 「まぁそうなんですか。今度お会いする時は、よろしく仰ってください」 三人向き合い座って、いろいろの雑談にふけり、それから図書室を見たり、写真類を調べたり、講義の目録をもらったり、さすがにかなり参考になるところがありました。が、私にとって何より有り難かったのは、現在物理的霊媒として、英国内で有数と称えられる、ルーイス氏の実験の、立会人になることを依頼されたことでした。 「実験は、この金曜日の午後八時に開始する予定です。今年の六月にも、既に一度実験しましたが、なかなか面白い現象が起ります。アサノさん、ぜひあなたに立ち会いをお願いしたいのですが」 「それは願ってもないめぐりあわせです。金曜の午後八時には、間違いなく参上します」 「今度はアサノさん、どうぞ地下鉄の乗りそこねをなさらぬように」とド・クレスピニイ夫人は、私の顔を見て笑いながら念を押しました。 その日は二時間ばかりで辞去しましたが、それから四日、九月七日の午後七時半には、約束どおり、私は再び心霊大学を訪れていました。 定刻になると、私のほかに男女合わせて、いろいろの人たちが集まりました。主な顔ぶれは、米国心霊界にその人ありと知られるグリムショウ氏、ロンドンのホール氏などで、それに当夜実験の主体たるルーイス夫妻を加えて、合計十人ほどでした。ちなみにルーイス氏は、いわゆる職業霊媒ではありません。現在その本職は、ウェールスの石炭工夫で、年齢は五十二歳、イギリス人としては非常に小柄な、痩せぎすの人物でした。職業柄、その衣服などの粗末であることは、ここに言うまでもありません。 定刻の八時が打ったのをきっかけに、われわれは二階の実験室に案内されましたが、なるほど心霊実験には、あつらえむきの設備がととのえてありました。並べてあるイスは二十脚ほど、室の一角を幕で仕切って暗室を設け、燈火は赤くも、暗くも、ドウにでもできるように、万事手落ちなく、キチンと整備してあるのでした。 「ルーイスさんは、暗室の前の肘《ひじ》付イスにお掛けください」マッケンジー夫人が、例の歯切れの良い声で、しきりに世話を焼きます。 「暗室の内部《なか》には、ご覧のとおり、テーブルが置いてあって、その上にはアコーディオン、燐光《りんこう》板、四〜五本の花、ネックレス、人形、呼鈴などが載せてあります。これらが今晩の心霊実験の用具ですが、それは後でお判りになります。それからさらに麻縄がございます。どうぞアサノさんと、ホールさんとお二人で、霊媒をしっかりとイスに縛り付けていただきます」 そう言いつつマッケンジー夫人が提供した麻縄は、長さ十メートルほどの荷造用の丈夫なものでした。 「ではさっそく縛りましょう」 ホール氏にうながされて、私は立って、共に霊媒を縛りました。まずその右の手首をイスの肘《ひじ》に縛り付け、その縄を背から反対側に回して、今度は左の手首を、同様にイスの肘にくくりつけ、それから二の腕、胸、首、両足などにかけて、いちいち結び玉を作りつつ、五重にも六重にも、固く固く衣服ごと霊媒の身体をイスにくくりつけましたので、人間業では、とうてい身動きだにする余地はありません。 「いかがですか、皆さん。これでご不満はありませんか?」 他の人々は近づいて、いちいち結び目を点検しましたが、いずれも 「イヤ実によく縛れています。これでは後でほどくときに大変でしょう」 「ルーイスさん、あなたこれで、呼吸《いき》ができますか?」 などと言ったぐらいで、われわれの縛り方は、首尾よく及第を宣告されました。 その次にマッケンジー夫人が、われわれに注文したのは、厚紙に小さな穴をあけ、それにヒモを通したのを、霊媒の左右の指にくくりつけることでした。これはヒモも切らず、また厚紙にもキズを付けずに、厚紙を抜き取らせる実験のためなのです。 「では私の名刺に穴をあけましょう」 そう言って、私は自分の名刺を取り出し、鉛筆の先端で小穴をあけ、その穴にヒモを通し、そしてヒモの両端を、注文されたとおり、霊媒の左右の親指にくくりつけました。ちょうど物干し竿に、ヒモで洗濯物でもかけたようにです。 すっかり準備を終わるまでには、約二十分が必要でした。 「では皆さん、霊媒の左右に円形になって着席してください」と、例のマッケンジー夫人が指示します、「座席はなるべく男女交互になさるが宜しいでしょう。そしてお互いに手を繋いだ上で賛美歌を歌ってください。----では明かりを消します」 われわれは程よく席に着きました。私はちょうど若い二人の婦人の間にはさまれ、おまけに暗闇の中で、その柔らかい手を固く握るのですから、すこぶる幸せになるような話ですが、実際は「どんな現象がおこるのだろう?」という考えで胸がいっぱいで、むしろ荘厳な感じがするのでした。よほどの図々しい人間でもないと、こんな場合にふざけた感じなどは、起こりそうにも思われません。 それはとにかく、八人の者が、闇の中で手をつなぎ合って、然るべき賛美歌を歌い、つづいて守護霊を喜ばせるのだと言って、ルーイス氏の奥さんが、いかにものびのびした良い声で、ウェールズの民謡を高々と歌い出した頃には、霊媒は早すっかり恍惚状態に入ったらしく、高いいびきが、手にとるように聞かれはじめました。 待つこと五〜六分、突如として闇の中に、やや不明瞭な、ひなびた老人らしい声が起こりました。 「皆さんこんばんは……」 守護霊が霊媒の口を使って、こう挨拶したのです。 「ジョンかい、良く出てきてくれましたネ」と、ルーイスの奥さんは歌を中止し、案外ぞんざいな口の利きぶりをします。「皆さんがお待ちかねだから、しっかりやって下さいよ! 今晩の調子は良いだろうネ」 「とても良いよ」 と、守護霊の方でも、まったくあっさりしたものです。東洋流に、何々の命《みこと》、何々の神といったような、もったいぶった様子はこれっぽっちもありません。 「だいぶん勝手が違うナ」 と、私は多大な興味を以てこの現象に対しました。 「それではジョン、さっそく始めてください!」 と、奥さんがうながす言葉につれ、列席者の二〜三人も、 「しっかりしっかり!」 と、まるでマラソン競争にでもするように、けしかけるのでした。 突然に、霊媒の背後の暗室のあたりに、ガサガサゴソゴソという騒音が起ったと思うと同時に、 「チリン、チリン、チリン、チリン!」 と、呼鈴が鳴り出し、それが右から左へと、列席者の間をぬって動き出しました。「いよいよお出でなすったナ」と、私は感ずると共に 「どうぞその呼鈴を、私の身体に触れてください」 と、注文してみます。すると、突如としてその呼鈴が、私の少し前方に突き出した右足に、かなりの強さで触れました。 「イヤたしかに触りました。ありがとう!」 と言うと、他の人たちも、私の真似をして、「私にも私にも」と、注文をしましたが、触覚を感じたのは、私の右隣に座っていた若い婦人くらいのものでした。 いちおう呼鈴が回り終ると、今度はガタゴトという高い響きが起こり、そしていつの間にやら、アコーディオンがブーブーピイピイ賑《にぎ》やかな演奏をはじめ、これも一座の間を、自由自在にぬって歩きました。 「見事見事! しっかりしっかり!」 などという賛美やら、激励やらの声が、あちこちに起りました。私は、もしや何かの姿が見えるかと思って、しきりに闇の中をすかし眺めましたが、どこもかしこも本当の暗闇、肉眼には何も見えませんでした。 すると、守護霊の方では、私の考えを察したのか、ボタリと床の上に、先ほどのアコーディオンを放り出した気配がしました。そして今度は、あらかじめテーブルの上に置いてあった燐光板をとり、私のすぐ目の前にそれを近づけましたが、光板の光にすかして見ると、そこにはくっきりと白い、むしろ女性のものかと思える一つの華奢《きゃしゃ》な手首が、はっきりと現れました。 「手首だ! 実によく見える!」 と、思わず私が叫びますと、私の左右の若い女性たちも、「まア! よく見えますこと!」と、半ば喜び、半ば驚きの声をあげました。 三人ばかり置いた、先の方に座っているホール氏は、 「私のところへも、一度近づけて見せてください」 と言いましたが、どういうわけか、守護霊は、同氏に近づくことを避ける傾向があるのでした。 闇の中で、しばしの間、いろいろの人の、いろいろの感嘆詞やら、注文やらが聞こえました。 いちおう手首と光板とが回り終わった時に、マッケンジー夫人が言いました。 「ちょっと明かりをつけて、霊媒の状態を見ておきましょう。----ジョン、明かりをつけるからそのつもりで……」 そう言って電灯のスイッチをひねると、室内は急に明るくなり、ぐったり寝入っている霊媒が縛られている状態には、何も変わった様子はないのに、暗室の中に置いてあったアコーディオンだの、光板だの、呼鈴だのが、床上に散乱していました。 いずれの立会人も、異議など無い無いといった顔つきなので、マッケンジー夫人は、すぐにまた明かりを消し、そして再びルーイスの奥さんに、独唱を請求しました。 ものの三分間と経たないうちに、暗闇の中には、また大々的な活動が起りました。なにやら相当鈍重なものが、ドサリという音を立てて、われわれ立会人の作る輪の外側に落下しました。 「あっ! 今きっと上着を脱いだのでしょう」 座の隅の方で、マッケンジー夫人のささやく声が聞こえました。聞けばルーイス氏は、六月の実験に際しても、縛られたまま見事に上着を脱いだそうで、当時の状況が立派にフラッシュで写真に収められ、それが心霊大学に所蔵されています。(私の手元にもあります) それから矢継ぎ早に、いろいろな現象が起りました。暗室のテーブルに載せてあったネックレスが闇の中を動いてきて、私の右隣に座っている若い婦人の首にかけられる。人形が私の膝の上にチョコンと載せられる。花らしいものが、あちこちに投げ散らされ、時には、そっと誰かの手の中に置かれる。燐光板が、闇の中を前後左右に、グルグル運び歩かれる。呼鈴が鳴る。アコーディオンが鳴る。その間約三十分。これが今夕の実験の最高潮に達した時で、それから少しずつ力が衰えて行き、ただ霊媒のいびきのみが聞かれるのみとなりました。 「今晩はこれで中止致しましょう。----守護霊さん、どうもありがとう。皆さんが大変ご満足のようです。ありがとう!」 そうマッケンジー夫人が述べると、立会人の方でも、「ありがとう」とか、「ご苦労様」とか、「お休みなさい」とか、「さようなら」と、めいめい思い思いの挨拶を述べたのでした。 再び明かりをつけてみると、室内には、いろいろな品物がいっぱい散乱して、ちょうどイタズラ小僧の遊んでいた部屋の跡、といった観がありました。なかでも人々をアッと驚かしたことは、(たとえ予期していたにもせよ) 一 霊媒の上着が、見事に脱がれて、部屋の後方に放り出されていたこと。 の二点でした。むろん霊媒は、最初のとおり縛られたままで、人為的に何ら細工を施したような痕跡は少しもありません。ただ上着の上から何重にも縄をかけたので、その上着が落ちたために、自然いくぶん掛けた縄が緩くなっていました。それから私の名札ですが、いかによく調べても、それには、最初鉛筆の先端であけた小穴以外に、何一つ痕跡を発見することができませんでした。 霊媒のルーイス氏は、まもなく深い統一から覚め、幾分ボンヤリしたような感じがありました。われわれは急いでその縄をほどきにかかりましたが、いくつもいくつも結び目を作ったために、これをとくのに、十分以上もかかりました。 すっかり実験が終わって、固い握手をして別れを告げたのは、ちょうど午後十時でした。 私は以上、ただ実験の報告をするだけにとどめましたが、この実験一つでも、詐術説の打破や、潜在意識説の破壊には充分すぎるように感じられるのでした。(三・十・十八)
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